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【 政治信条 】
小池ひろのりの14年間 |
<この14年間を振り返って>
日頃、私、小池ひろのりへのご支援を賜り、本当に有り難うございます。
先日来、多くの方々から「民主党頑張って!」と励ましの言葉を戴き、心強く、有り難く思っています。中には、「今の世の中、変えて下さい」と言って、わざわざ私の家に訪ねて来られた方もいます。私は、その方にお礼の手紙を書きました。その気持ちを支持者の皆様にも伝えたいという思いで、この文章をホームページに掲載します。
私は、今、やりがいを感じながら県政に全力投球しています。
これまでを振り返って、私は、1994年12月、“教師冥利”を感じながら永年勤めていた高校教師を辞職し、政治家を目指しました。理由は、生徒(若者)の心がすさんできており、いじめ・不登校など学校現場の問題、さらに安全・安心な心が通った社会を築いていくためにも、教育改革が必須と考えたからです。
しかし、私には、いわゆる選挙に必要な地盤(自分の票田)・看板(組織・知名度)・カバン(お金)がないまま、ただ“やる気”だけの今から思えば無謀とも思える挑戦でした。
それでも、最初の挑戦(1995年)では、負けるはずがないと思っていました。結果的には落選しましたが、それは震災のせいだと思い、その後も引き続き、ひたすら地域を周り1人ひとりに訴え、支援者を増やしながら、次期選挙に臨みました。
1999年、2度目も落選。選挙はそんなに甘い物ではないと気づくのに実に5年もかかりました。
3人の子供が、異なる大学に下宿をしていたため、我が家を含め4重生活を強いられ、難病で介護を必要とする義母を抱え、実質失業状態の私は、いくらしっかりとした目標があったとは言え、経済的にも精神的にも生き続けること自体、大変辛いものがありました。何度も諦めようとも思いましたが、どうしても目標を達成したいという願いと、私を物心両面から支えて戴いた後援会の皆様の支えを裏切る訳にはいかないという気持ちで、弱気を乗り越えて行きました。歯を食い縛り、日々前を向いて努力するしかありませんでした。しかし、実に長い、長〜い日々でした。
もう後はないという何か悟りきった心境で、9年間に及ぶ選挙活動の集大成として、全力でやり抜いて3度目の選挙を迎えました。
2003年4月、皆様の熱いご支援でついに兵庫県議会に初当選できました。
以来、この5年間県政に全力を尽くしてきました。その活動振りは、毎月発行している小池通信(議会便り)に掲載している通りです。私は、単にバッチをつけるのではなく、仕事がしたく、今、毎日やりがいを感じながら懸命に仕事が出来ることに感謝しています。
政治は、ヒューマニズム(人間愛)であり、思いやりであり、優しさであると思います。今、私が胸を張って仕事が出来るのも、支持者の皆様の支えがあってこそと思っています。これからも皆様の支援に対し、決して裏切ることなく、自らの信念に基づき、県政に全力を尽くしていくことをお誓い致します。
今後とも、どうか宜しくご指導・ご鞭撻をお願い申し上げます。
2008年10月1日
小池 ひろのり
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